
前回号でご紹介しました皆生大会の記念すべき最初のポスターいかがでしたでしょうか?
経費をかけずにポスターを作った当時の苦労が偲ばれますね。
さて今回はその後の大会ポスターですのご紹介です。毎号1枚ずつご紹介していたのでは、すべてを紹介するのに2年かかってしまうので一挙に皆生大会創世記である7回大会までのものをご紹介しようと思います。
第3回に作られた最初のポスターの次の年は、これまた費用がなくてポスターは作れませんでした。
1年飛び越して大会として単独の本格的なポスターができあがったのは第5回大会です。
このころになるとスポーツ大会らしい雰囲気のポスターになってきました。実際出場した選手の写真が掲載されるようになりました。

第6回大会は、趣を少し変えてイラストが中心となりました。決して写真が無かったわけではありません。
遊び心を表現したようです。

皆生大会への参加者が一気に増えてきた第7回大会。
このころから全国各地で雨後の竹の子のように多くの大会が開催されるようになりました。
皆生大会はこのころから灼熱の皆生とかそのコースの厳しさから鉄人レースと過酷なレースとして全国のトライアスリートから熱い視線を浴びるようになりました。
ポスターも頑強なトライアスリートを意識したものとなっていきます。ちなみに第7回大会のモデルは地元初の優勝者(第5回)細田選手です。
このポスターの撮影は、4月に行われたのですが、まだ日に焼ける時期ではないため焼けた肌を演出するために多量のファンデーションを塗って雰囲気を出しました。