皆生大会を支える人々
皆生大会を支える人々

皆生大会を支える人々

マラソンコースの往路約10キロ地点で毎年選手に黒砂糖を提供している児島さんが開設しているエイドステーション(AS)は実はオフィシャルエイドではありませんが、皆生大会を代表する名物ASとなっています。
毎年このASで児島さんに再会することを楽しみにしている選手も多くいます。

名簿を片手にやってくる選手の名前を一人ずつ大きな声で呼びかけてくれます。
大会本部でも黒砂糖おじさん達は特別の存在として認識しているのです。

実は、児島さんはスポーツ少年団の少女バレーの指導者として長年活躍しているスポーツ指導者でもあるのです。
その指導力には定評があり指導している「就将小学校少女バレー部」は何度も全国大会に出場している県内の有力チームなのです。レース中の選手へのエールを見るだけでバレー指導の熱血さは理解できると思います。

今回は、年の瀬の忙しい中「黒砂糖おじさん」児島さんに皆生大会にむける思いをお尋ねしました。

■スポーツ少年団の指導者と聞いていますが?
僕自身は、中学校からバレーボールを始めてJR西日本(旧国鉄)時代まで選手として全国大会にも何度も出場させてもらった。その後は、昭和48年から小学校の女子バレーの指導をしているから今年で33年やったことになるね。その間5回県大会で優勝して全国大会に出場している。
今でも週5日は子どもの指導をしているよ。

■いつ頃からエイドを始められたのですか?
ちゃんと覚えていないけど、私設エイドをはじめて22年だったと思う。だから昭和59年の第4回大会からだと思うよ。

■応援するようきっかけは?
自宅の前の産業道路を走っている選手の姿を目にして、声をかけたのが最初。
最初は冷やした紅茶や梅干しなんかを出していたんだけど遅くなって戻ってくる選手達は冷やした飲み物より暖かいものを欲しがっていたから暖かい紅茶なんかも用意していたね。
今のように黒砂糖を出すようになったのは、エイドをはじめて3年目から。
毎年、黒砂糖は10袋くらい使うんだよ。選手が楽しみにしているからね。
今では、ハチミツをブレンドしたりして選手の反応を見ながら工夫しているんだ。
僕の姿を見つけると抱きついてくれる顔見知りの選手もいるんだよ。

■私設エイドだからすべて自前ですよね?
そうだよ。お金の問題じゃないんだ。がんばる人を応援することでボクも元気をもらっている。
子供たちにもがんばること素晴らしさを教えてやれるからね。夜になると子供は帰らせるけどその後は、近所の人たちが手伝ってくれるんだ。みんなが応援してくれるからボクもがんばれる。

■応援してきて思い出は?
遅くなって帰ってきた選手が倒れ込んで寒い、寒いと言っているから走って家に戻り毛布を取ってきてくるんであげたこともあった。
また、制限時間が24時だったころは、往路の選手に「遅くなっても待っているからがんばれ~!」と言った手前、帰ってくるまで片づけをせずにずっと待っていたこともあったなぁ。結局夜の11時過ぎにまで待っていたなぁ。

■児島さんにとって皆生大会はどういう存在ですか?
僕はバレーの指導者をしていていつも子ども達に言っているのが「人間と動物の違い」なんだ。
例えば犬は、喧嘩して負けるとその犬との間には、上下関係が死ぬまでついてくる。負けた犬はいつまでも負けた相手には頭が上がらない。でも人間には悔しさとか負けん気とか根性っていう
ものがある。「自分に負けるな!」がモットーです。
だからトライアスロンにはその精神を感じるのです。
トライアスロンの選手のがんばる姿から私自身元気をもらうんですよ。
だからいつも皆生大会の時期が近づくと「あぁ夏が始るんだなぁ」と感じるんだ。

■選手達へのメッセージを
一生懸命走っている選手を応援することでボク自身彼らから元気をもらっている。
何歳までやれるかわからないけど体力の続く限り応援していきたいと思う。
来年もみんなに会えることを楽しみにしていますから是非元気に戻ってきてください。

年末のお忙しい時期にもかかわらず、快くお話を聞かせていただきました児島さん、本当にありがとうございました。
児島さんのような人たちの協力の上に大会は成り立っていることを再確認いたしました。
いつまでもトライアスリートへエネルギッシュなエールを送り続けてくださいね。

第20回記念大会時に大会本部より特別表彰で受けた記念盾を持つ児島さん