テトラポット(実はこれは商標ですから、NHKでは使えません。正確には消波ブロックです。)で海からの侵食を守ってきた皆生海岸が大きく生まれ変わろうとしています。皆生海岸は昭和20年頃は今より200m以上も沖にの波打ち際がありました。古くから中国山地では山の土砂から砂鉄を採取するために日野川の水を利用して鉋流し(かんなながし)という方法で鋼の原料となる砂鉄を集めていました。その行程から出る砂が海に流れ込み弓ヶ浜半島を形成していったのです。
しかし戦後、砂鉄の利用が激減。それに伴い日本海に流れ込む砂の量が急激に減少しました。その影響と冬の日本海の荒波とで浜はどんどん狭くなっていったのです。
何軒かの旅館が波に流されたといいます。
皆生に限らず戦後、全国各地の山々に砂防ダムが作られたり河川の整備が進むにつれて河川からの土砂の供給が急激に減少して海浜はやせてきました。
この海岸侵食から国土を守るために、消波ブロックを積み上げて海岸線を守る工法が採用されました。
実は、この工法による大規模な護岸整備が国内で初めて行われたのが、皆生海岸だったのです。そして、見事に砂浜が再現され皆生海岸は生まれ変わったのです。
この工法の成功により全国の護岸整備は同様に進められました。ですから皆生海岸は護岸保全のオリジンだったのです。なにかトライアスロン競技と相通じるものがありますね。
その海岸が再び大きく変貌しようとしています。
海上に出ていたブロックを海面下に沈めるという人口リーフ化工事が現在進められています。
これによりいままでのような圧迫感のない地平線が見渡せる海岸になるのです。
これだけ大規模に人口リーフ化工事にかかるのも全国初のようです。成功すればまた全国の先駆けとなるでしょう。
ちなみに1つのブロックを人口リーフ化するのに2年かかります。皆生海岸にはこの消波ブロックの固まりが12個ありますので、全工程が終了するには20年以上かかる計算になっています。
完成した人口リーフ1号基