皆生トライアスロン生みの親〜永谷誠一さんの死を悼む〜 [2022/09/14(水)]

        写真 第1回皆生 熊本の選手たち(左端・永谷さん当時54歳) /1981年

今夏、皆生トライアスロンは、皆様の熱意とご支援のもと、無事に第40回大会を開催することができました。その喜びもつかの間、7月末に思わぬ訃報が届きました。
日本トライアスロンの始祖、皆生トライアスロン生みの親とも言える、永谷誠一さん(熊本クレイジートライアスロンクラブ名誉会長)が冥界へ旅立たれた知らせでした。

振り返れば、1981年「第4回ハワイアイアンマン」に、日本から8名の選手が初めて出場し、その中のお一人が永谷さんでした。(翌年の5回大会にも出場されています)
当時の皆生スタッフは、国内初のトライアスロン大会を計画し、人づてに熊本の永谷さんと堤さん(故人)を紹介されました。
スタッフが熊本にお二人を訪ねたところ、トライアスロンの魅力を熱く楽しく語られ、アドバイザーの依頼にも快諾頂きました。その場で皆生は国内初にチャレンジする決意が固まりました。その後も永年に渡り様々にご指導いただきました。
永谷さんの教えがあってこそ、皆生大会が40回も続いたと言っても過言ではありません。

6年前に熊本で開催されたトークイベントのフライヤーに、永谷さんらしい素敵なメッセージを見つけました。
「トライアスロンで汗と涙を流した者こそ、トライアスロンの真の魂に触れることができる。早く走ろうが、遅くたどり着こうが、誰もが同じトライアスロンの心に浸ることができるのだ。その意味で私にとってトライアスロンは競技や競争ではない。
バッテン! 自分の心を楽します『遊び』バイ。」

「皆生トライアスロン」スタッフ一同より、心から感謝を申し上げるとともに、ご冥福をお祈りいたします。


 
歴史に残る素晴らしい大会でした。皆様へ心より感謝申し上げます。 [2022/07/19(火)]

第40回大会は、コロナ禍の影響によりコース短縮・変更、ポランティアも例年に比べて半減、さらには海の荒れによるスイム中止と様々な課題を抱えながら開催となりました。
しかし、1,000人近くの選手が辛抱強く走り続け、完走率約90%と見事な記録が記されました。さらに、大きな事故・違反は皆無でした。
競技の前後にマスク着用を義務付けるなど大変不自由なルールにもかかわらず、快く受け入れ、チャレンジを続けられた選手の皆さん、そしてサポート頂いたボランティアの皆さん、本当にありがとうございました。 また、生活道路の一部を快く提供・ご協力いただいた地域の人々にも心より御礼を申し上げます。
来年はコロナ禍も終息し、例年通りの距離で開催され、また「新たな1頁」を皆さんと一緒に作れることをスタッフ一同願っております。
 写真は7月18日「表彰式」より